世界の電子音楽市場は伸びている。
日本のライブ市場も、音楽フェス市場も過去最高を更新している。
それなのに、英国では2020年以降、ナイトクラブの3分の1以上が消えた。ベルリンではダンスフロアが埋まっているにもかかわらず、クラブの経営は苦しくなっている。
一見すると矛盾している。
人々が音楽を聴かなくなったわけではない。踊りたくなくなったわけでもない。リアルな場所に集まりたくなくなったわけでもない。
むしろ、そこに大きな勘違いがあるのかもしれない。
衰退しているのはダンスフロアではない。
危ないのは、「深夜」「酒」「固定された箱」の3つを前提としてきた、従来型ナイトクラブというフォーマットなのではないか。
世界と日本の数字、そして僕自身が東京のクラブで見てきた景色から考えてみたい。
電子音楽そのものは、むしろ成長している
まず大前提から確認したい。
ダンスミュージックが衰退しているわけではない。
International Music SummitとMIDiA Researchによる「IMS Electronic Music Business Report 2025/26」によれば、2025年の世界の電子音楽産業は151億ドル。前年比で7%成長した。
つまり、電子音楽そのものへの需要が消えているわけではない。
さらに面白いのがIbizaだ。
2025年、Ibizaのクラブのチケット売上は1億6,000万ユーロに達した。
しかも、イベント数そのものは減っている。
回数は減った。売上は増えた。
IMSはこれを、より高価値な体験へ需要が集中している変化として捉えている。
これは今後のクラブ市場を考えるうえで、かなり象徴的だと思う。
毎週なんとなくクラブへ行く。
ではなく、
「あのDJが来るから行く」
「あのパーティーだから行く」
「Ibizaまで行って、この体験をしたい」
という方向へ需要が移っているとすれば、電子音楽市場が成長しながら、普通のクラブ営業だけが苦しくなっていくことは矛盾しない。
むしろ自然だ。
英国ではナイトクラブの36%が消えた
すでにこの変化が明確に数字に表れている国がある。
英国だ。
Night Time Industries Associationの2026年レポートによれば、英国に残っているナイトクラブは823店舗。
2020年3月から36%減少した。
ところが同時に、英国の電子音楽産業は2025年に24.7億ポンドの経済活動を生み出している。
さらに興味深いことに、クラブ店舗が36%減っている間に、電子音楽イベントは10.5%増加している。
これ以上分かりやすい数字もない。
電子音楽イベントは増える。
クラブは減る。
「電子音楽が人気だから、クラブという業態も自動的に繁栄する」という関係は、すでに崩れている。
2023年についても、英国の電子音楽系クラブ訪問回数は約9,000万回と推計されながら、前年比で9%減少。クラブによる経済貢献も14%減る一方、フェスティバルの経済貢献は9%増えていた。
音楽需要が、クラブ以外にも流れている。
世界の電子音楽産業(2025年)
151億ドル
前年比 +7%
英国のナイトクラブ
823店舗
2020年3月から −36%
英国の電子音楽イベント
+10.5%
クラブが減っている同じ期間に
若者は「遊ばなくなった」のか
ここでよくある説明が出てくる。
「最近の若者は遊ばない」
「酒を飲まない」
「家でスマホばかり見ている」
でも、それだけでは説明できない。
英国では若年層の外出頻度低下に、生活費、安全性、深夜交通などが影響していることが報告されている。
つまり、
「若者が音楽嫌いになった」
ではなく、
深夜に遊ぶコストが高くなった
と考えた方がいい。
クラブの入場料が5,000円だとしても、本当のコストは5,000円ではない。
交通費がある。
酒を飲む。
終電を逃せばタクシー代もかかる。
朝まで帰れない。
睡眠が崩れる。
翌日が潰れる。
20歳なら気にしなくても、30歳、40歳になれば、翌日に仕事や家族との予定がある。
だから深夜クラブの実質的な価格は、
入場料+飲食費+交通費+翌日失われる時間
だ。
同じDJを見るとしても、
日曜日の17時から22時まで見るのか。
土曜日の深夜1時から朝5時まで見るのか。
音楽は同じでも、消費者が支払うコストは全然違う。
ベルリンでは「客がいるのに儲からない」
さらに興味深いデータが、クラブ文化の中心地ベルリンから出ている。
Clubcommission Berlinが2026年に行った調査では、回答したクラブやイベント運営者の83%が50%以上の稼働率を確保していた。
3分の1は75%以上だった。
つまり、フロアに人がいないわけではない。
ところが経営を見ると状況は厳しい。
2017年には回答事業者の79%が少なくとも収支均衡以上だったが、2025年には61%まで低下している。
裏返せば、回答者の約4割は赤字だったことになる。
なお、これはベルリンのクラブやイベント運営者など102件の有効回答をもとにした調査で、全クラブの悉皆統計ではない。
客はいる。
それでも儲からない。
なぜなのか。
一つの答えが、酒だ。
2017年、ベルリンのクラブでは売上の約60%を飲食・ドリンクが占め、入場料は21%だった。
2025年には完全に逆転した。
入場料59%。
飲食・ドリンク20%。
73%の事業者が客のアルコール消費減少を感じ、60%がノンアルコール飲料の増加を確認。57%は客の滞在時間が短くなったと回答している。
これはものすごく重要な変化だ。
かつては酒が、DJや音響や照明を支えていた。
音楽で人を集め、長時間滞在させ、バーで利益を出す。
ところが、そのモデルが弱くなっている。
ダンスフロアが埋まることと、深夜の箱が儲かることは、同じではない。
2017年
2025年
酒という巨大な収益装置が弱くなっている
この変化はベルリンだけでもない。
IWSRによると、日本を含む主要10市場でNo/Lowアルコール商品の販売量は2024年に13%増加した。
2022年から2024年の2年間で、ノンアルコール市場には新たに6,100万人が加わっている。
また、主要10市場の消費者の64%が飲酒量を抑えていると回答しており、法定飲酒年齢以上のGen Zでは75%に達する。
もちろん、
「若者はもう酒を飲まない」
という単純な話ではない。
酒を飲む人はこれからもいる。
深夜に酔っ払って踊りたい人もいる。
重要なのは、
酒を何杯も飲みながら長時間滞在する客を前提に、クラブの経営を組み立てることが以前ほど安全ではなくなっている
ということだ。
フロアは一般客が作り、利益はVIPが作る
ここでもう一つ、現在の大型クラブを考えるうえで避けて通れないものがある。
VIPだ。
クラブへ行く側からすると、VIPは単に「高い席」に見える。
でも経営側から見れば、意味はまったく違う。
一般客が数千円の入場料を払ってフロアへ入る一方で、VIPでは一つのテーブルで数十万円、場合によっては数百万円が動く。
シャンパンを何本も開ける。
高額なボトルが入る。
より大きなテーブルへ移る。
誕生日や記念日で大量の注文が入る。
一晩の売上を考えれば、
VIP一卓が、一般客100人、200人分になることすらある。
ここに、現在の大型クラブの少し奇妙な構造がある。
フロアを盛り上げるのは、大勢の一般客だ。
でも、
利益を作るのは、少数のVIP客だ。
一般客がいなければクラブにはならない。
満員のダンスフロア。
熱気。
歓声。
人と人との偶発的な出会い。
SNSに流れる映像。
「あそこは盛り上がっている」という評判。
これらを作っているのは、基本的にはフロアにいる大勢の人たちだ。
ところが、その人たち全員から高額な料金を取ることはできない。
入場料を上げすぎれば客が減る。
ドリンクを何杯も飲んでもらうモデルも以前ほど強くない。
一方で、大型クラブには巨大な固定費がかかる。
家賃。
人件費。
DJ。
音響。
照明。
映像。
演出。
警備。
設備。
それを数千円の入場料だけで回そうとすれば、途方もない人数を毎晩集め続けなければならない。
だから大型クラブほど、
大勢の一般客で空間を作り、少数のVIPから大きく収益を取る
という構造になっていく。
言い換えれば、
「満員なら儲かる」という商売ではなくなっている。
フロアが満員でも、一般客ばかりなら売上はそれほど伸びない。
逆にVIPテーブルが何卓も埋まり、そこで数十万、数百万円が動けば、一晩の収益構造はまったく変わる。
極端に言えば、
フロアが埋まっているかより、VIPが埋まっているかの方が経営には重要
というクラブすら出てくる。
これはクラブカルチャーにとって、かなり面白い矛盾だと思う。
フロアにいる人たちが、その店の熱狂を作る。
その熱狂を見て、VIP客も店に来る。
でも店を経済的に支えるのはVIP客かもしれない。
つまり、
一般客が商品の価値を作り、VIPがその商品に高い値段を払う。
ある意味では、巨大フェスにも近い。
何万人もの観客がいるからこそ、巨大な熱狂が生まれる。
その熱狂そのものに価値があるから、VIP、プレミアムエリア、特別席、特別な体験を高額で売ることができる。
だからVIPは、単なる追加サービスではない。
大型ナイトライフのビジネスモデルそのものになりつつある。
そして酒の消費が減り、コストが上がれば上がるほど、その依存度は高くなる。
酒で広く薄く稼げなくなった分を、VIPで狭く深く取る。
そう考えると、最近の大型クラブがVIPを重視するのは自然だ。
ただし、ここには危うさもある。
VIPエリアを増やせば売上は上げやすい。
でもVIPエリアを増やしすぎれば、ダンスフロアは小さくなる。
フロアよりテーブルの方が大きくなる。
踊る場所より、座ってボトルを開ける場所になる。
最終的には、
「クラブ」というより、DJがいる巨大VIPラウンジ
に近づいていく。
ここでも、文化と経済が少しずれている。
フロアは文化を作る。
VIPは利益を作る。
そして皮肉なことに、
ダンスフロアを維持するために、ダンスフロアで踊らない人たちのお金が必要になる。
これもまた、現在のクラブという業態が抱えている構造変化の一つだと思う。
では、日本はどうなのか
ここからがさらに面白い。
英国では、すでにクラブの減少が数字になっている。
ところが日本は逆だ。
警察庁によれば、「特定遊興飲食店営業」の営業所数は2019年末に404軒だった。
2025年末には592軒。
単純比較では6年間で約46.5%増している。
ただし、この592軒にはナイトクラブだけでなく、ショーパブやライブハウスなども含まれる。
そこで、内訳が確認できる2021年以降をナイトクラブ単体で見ると、
2021年:339軒
2022年:365軒
2023年:382軒
2024年:418軒
2025年:433軒
2021年から2025年の4年間で27.7%増だ。
警察庁自身も、特定遊興飲食店営業の許可数について「近年、継続的に増加」としている。
少なくとも店舗数だけを見るなら、
日本のナイトクラブは減っていない。
むしろ増えている。
- 3392021
- 3652022
- 3822023
- 4182024
- 4332025
だから日本のクラブ市場は好調なのか
僕は、ここを疑っている。
もしかすると日本は英国とは違う順番で、同じ問題へ向かっているのではないか。
つまり、
まだ箱が減る段階ではなく、箱が増えすぎた段階なのではないか。
もちろん「日本のクラブ市場は供給過多だ」と直接証明できる全国統計はない。
年間のクラブ総来場者数も、全店舗の平均稼働率も、信頼できる全国データはほとんどない。
だから現時点では仮説だ。
ただし、供給側が増えていることは確認できる。
一方、同じ警察庁統計で深夜酒類提供飲食店全体を見ると、2021年の261,149軒から2025年の258,163軒へ、ほぼ横ばいから微減で推移している。
夜の店が全部爆発的に増えているわけではない。
その中で、ナイトクラブの許可数は増えている。
だとすれば、
需要の成長以上にクラブの供給が増えている可能性
は考えておくべきだと思う。
10〜15年前、六本木の週末そのものがイベントだった
ここからは統計ではなく、僕自身の記憶の話になる。
10〜15年ほど前。
2010年代前半の六本木で遊んでいた頃、週末の街の景色は今とはかなり違って見えた。
深夜になると、六本木の道そのものに人が溢れていた。
クラブの前には行列ができていた。
特別な世界的DJが来る日だけではない。
普通の金曜日。
普通の土曜日。
それでも人がいた。
当時の僕の感覚では、
「週末だから六本木へ行く」
「とりあえずクラブへ行く」
という行動そのものが、今よりずっと自然だった。
もちろんこれは市場統計ではない。
僕自身が見ていた、当時の六本木の景色についての記憶だ。
だから「2010年代前半の方が日本のクラブ市場は大きかった」と、この経験だけから断定することはできない。
ただ、現在の東京でクラブDJとして見る景色との落差は大きい。
今でも人が集まる夜はある。
むしろ海外の有名DJが出演する日や、大型イベントの日には長い列ができる。
だから人が踊らなくなったわけではない。
僕には、
週末そのものが目的だった時代から、「その日に行く理由」がなければ人が動かない時代へ変わった
ように見える。
言い換えるなら、
日常だったクラブが、イベントになった。
日本では「普通の週末」で大箱を埋めるのが難しくなっていないか
これも統計ではなく、僕自身が東京のクラブでDJをしていて感じる現場観測だ。
今は、ただ金曜や土曜だからというだけで、大きな箱を満員にするのはかなり難しくなっているように感じる。
一方で、海外の有名DJが出演する日は分かりやすく人が集まる。
ビッグネームの来日。
周年イベント。
強いコラボレーション。
特別な演出。
そういう、
「今日そこへ行かなければならない理由」
がある日に客が集中する。
逆に、国内DJを中心とした通常営業で、同じ熱量を毎週作り続けるのは簡単ではない。
繰り返すが、これは全国統計ではない。
あくまで、東京のクラブの現場にいる僕自身の観測だ。
ただし、この感覚が正しいなら、かなり重要なことを意味している。
客はクラブへ行かなくなったのではない。
“行く理由がある夜”にしか行かなくなった。
海外DJを呼ばないと埋まらないなら、客は何に付いているのか
海外の有名DJを招聘すること自体は悪くない。
むしろ世界のトップアーティストを東京で見られるのは、シーンにとって良いことだ。
問題は、
それがないと箱を埋められない
という状態になったときだ。
もし通常営業では大箱を十分に集客できず、高額な海外アーティストを呼んだ夜だけ大量の客が来るのだとすれば、
客が付いているのは、
箱ではない。
DJであり、イベントであり、IPだ。
「このクラブだから行く」
より、
「あのDJだから行く」
「あのイベントだから行く」
「あの日しか見られないから行く」
という消費に変わっている。
これはIbizaで、イベント開催数が減る一方、チケット売上が増えている現象とも重なる。
需要がなくなったわけではない。
需要が“特別な夜”へ集中している。
供給過多は、クラブでは特に危険だ
仮に、ある街にクラブへ行く客が1万人いるとする。
クラブが10軒なら、単純平均で1軒1,000人。
20軒なら500人になる。
当たり前の話だ。
でも、レストランとクラブには大きな違いがある。
100席のレストランに50人しかいなくても、料理の味そのものは変わらない。
ところが1,000人規模のクラブに200人しかいなければ、
商品そのものが変わってしまう。
フロアが空いている。
盛り上がって見えない。
人同士の偶発的な出会いが減る。
同じDJが同じセットをやっていても、体験が違う。
SNSに映る光景も弱くなる。
その映像を見た人も次に行きたいと思わない。
つまりクラブでは、
客がいることそのものが商品の一部
になっている。
そのため、
供給が増える。
客が分散する。
フロアが薄くなる。
体験価値が下がる。
リピートが減る。
さらにフロアが薄くなる。
という負のネットワーク効果が起こりうる。
クラブは、供給過多にかなり弱い業態なのだ。
それでも日本人は、音楽体験から離れていない
ここで重要な反証がある。
「日本人がリアルな音楽イベントへ行かなくなったのではないか」
という説明だ。
数字を見ると、そうではない。
ぴあ総研によれば、2025年の国内ライブ・エンタテインメント市場は8,564億円。
前年比12.6%増。
3年連続で過去最高だった。
動員数も9,223万人で7.7%増加。
1人あたり単価も9,286円まで上昇した。
つまり人々は、
リアルな場所で音楽やエンタテインメントを体験することに、お金を使わなくなったわけではない。
むしろ市場は伸びている。
フェスも過去最高だ
音楽フェスも同じだ。
2025年の日本の音楽フェス市場は465億円。
前年比7.0%増。
動員数は371万人で3.1%増。
市場規模、動員数ともに3年連続で過去最高を更新した。
ただし、ここは誤解してはいけない。
この数字にはEDMやTechnoだけでなく、ロック、J-POPなども含まれている。
だから、
「日本でダンスミュージックが伸びている」
ことを証明する数字ではない。
このデータが示しているのは、もっと広いことだ。
大勢の人間が集まって音楽を体験すること自体は、まったく衰退していない。
もしクラブだけが苦しくなっているのだとしたら、
問題は「音楽離れ」ではない。
クラブという商品の設計にあるのではないか。
なぜフェスには人が行くのか
フェスには「行く理由」が分かりやすい。
その日しかない。
大量のアーティストが出る。
巨大なステージがある。
友達と旅行する。
写真や動画を撮る。
その年の思い出になる。
つまり、
イベント自体が目的地になっている。
一方、毎週金曜・土曜に開いているクラブは、
毎週、
「今週行かなければいけない理由」
を作り続けなければならない。
これは非常に難しい。
来週もある。
再来週もある。
いつでも行ける。
「いつでも行ける場所」は、
いつまでも行かなくてもいい場所
にもなる。
だから海外の有名DJが来ると状況が変わる。
「今日を逃したら次は分からない」
という希少性が生まれる。
Ibizaが示しているのは「少なく、高く、強く」
そこで、もう一度Ibizaを見る。
イベント数は減った。
チケット売上は1億6,000万ユーロまで伸びた。
ここには、一つの未来が見える。
大量に営業することより、
一つ一つの夜に、強い理由を作る。
世界的なDJ。
強いレジデント。
パーティーブランド。
圧倒的な演出。
VIP。
リゾート。
旅行。
世界観。
そこでしか得られない体験。
もはや単なる「箱」の商売ではない。
IPの商売に近い。
Tomorrowlandもそうだ。
人々はベルギーの土地を見たいから、世界中から飛行機に乗るわけではない。
Tomorrowlandという世界へ行くために移動する。
場所より先に、ブランドがある。
日本のクラブも「箱」から「IP」へ
日本も同じ方向へ行くと思う。
これまでは、
「六本木に巨大クラブができた」
「新宿に新しい大箱ができた」
ということ自体がニュースになった。
箱に希少性があった。
でも箱が増えれば、当然その価値は薄くなる。
同じ街に似たようなクラブが何軒もあれば、
「大きい」
「音がいい」
「照明がすごい」
だけでは足りなくなる。
だから主語を逆転させる必要がある。
クラブがパーティーを持つのではない。
パーティーやコミュニティが、クラブを使う。
強いブランドがある。
そのブランドを好きな人がいる。
ある日はクラブで開催する。
夏は野外。
別の日は夕方。
時には朝。
年に一度は大規模開催。
海外でもやる。
客が付いているのは住所ではなく、ブランドだ。
Venue businessから、IP / Community businessへ。
外タレを呼ばなければ埋まりにくいという現場感も、ここにつながる。
毎回海外の有名DJという巨大なIPを借りるのではなく、
クラブやパーティー自身が「行く理由」になる必要がある。
朝活にクラブは取られるのか
そしてもう一つ起きているのが、踊る時間帯の変化だ。
いわゆるdaytime party、coffee rave、morning rave。
東京でもTokyo Morning Beatsのように、House Music、コーヒー、ランニングを組み合わせた朝のイベントが開催されている。
公式サイトによれば、週末朝に100〜200人規模で開催し、2026年7月には下北沢ADRIFTでキャパシティ400人のイベントも設定している。
これだけを見て、
「クラブは朝活に負ける」
と言うのは早い。
まだ規模は小さい。
ただし、非常に重要なことを証明している。
人間は、朝でも踊れる。
当たり前の話なのだが、クラブカルチャーは長い間、
ダンスミュージック。
暗闇。
酒。
深夜。
朝帰り。
を一つのセットとして売ってきた。
でも本当は、その全てが必要だったわけではない。
朝9時にHouseを聴いていい。
日曜日の15時にTechnoを聴いていい。
18時から踊って23時に帰ってもいい。
酒を飲まなくてもいい。
翌朝ジムへ行ってもいい。
つまり、
夜が「踊る時間」を独占できなくなり始めている。
それでも深夜には、深夜にしかないものがある
だからといって、僕は朝レイヴがクラブの完成形になるとは思っていない。
朝では成立しない文化もある。
深夜の匿名性。
暗闇。
セクシュアリティ。
危うさ。
社会から一時的に切り離される感覚。
朝5時まで音楽が鳴っていることそのものが生む連帯感。
これらもクラブカルチャーの一部だ。
朝9時にコーヒーを飲みながらHouseを聴くイベントでは代替できない。
だから、
深夜は絶対に残る。
ただし、
「踊るなら深夜でなければならない」という独占はなくなる。
その違いは大きい。
インバウンドが、日本のクラブを少し特殊にする
日本にはもう一つ、大きな変数がある。
インバウンドだ。
2025年の訪日外客数は4,268万3,600人。
前年比15.8%増で過去最高を更新した。
東京や大阪のクラブにとって、
「日本人の若者が減っているから需要も減る」
だけでは市場を説明できない。
海外旅行者にとって、
東京のナイトライフそのものが観光コンテンツになればいい。
世界的に認知されるクラブ。
日本でしか見られないパーティー。
日本独自のDJやサブカルチャー。
「東京へ来たならここへ行きたい」と言われる場所。
そこには国内需要とは別の成長余地がある。
だから日本のクラブがすべて一様に縮む未来にはならないと思う。
一番危ないのは「普通のクラブ」かもしれない
僕が最も危ないと思っているのは、
超大型クラブでもない。
地下の小箱でもない。
その中間にある「普通のクラブ」だ。
超大型店なら、
海外の有名DJ。
VIP。
観光客。
巨大演出。
ブランド。
という武器を持てる。
反対に100人、200人の小規模パーティーなら、
「この音が好き」
「この人たちに会いたい」
という強いコミュニティだけでも成立する。
危ないのは、
特別なIPはない。
観光価値もない。
強いコミュニティもない。
でも毎週営業しなければならない。
そんな店だ。
英国でも、電子音楽のインフラについて「missing middle」、つまり中規模会場の空洞化が問題として指摘されている。
巨大IPと強いニッチ。
市場が成熟すると、その中間が苦しくなる。
クラブも例外ではないのかもしれない。
クラブは「営業時間」を売るのをやめる
これまでのクラブ経営は、場所と営業時間に強く縛られていた。
金曜の夜に開ける。
朝まで営業する。
土曜日も開ける。
毎週繰り返す。
店舗があれば家賃が発生する。
だから需要が弱い日でも開ける。
でも未来のダンスミュージックビジネスは、もっと流動的でいい。
ある日は深夜。
別の日は夕方。
ある日は朝。
夏は野外。
年に数回だけ数千人を集める。
普段は300人でやる。
別の街でも開催する。
海外へ行ってもいい。
客が付いてくるのは、
住所ではなく世界観
になる。
箱を持っていることより、
客との関係を持っていることの方が重要になる。
酒が減るなら、酒以外で稼ぐしかない
ベルリンの数字が示している問題も避けられない。
ドリンク売上が弱くなるなら、別の収益源が必要になる。
単純に入場料だけを上げ続ければ、若い客が来られなくなる。
だから、
VIP。
プレミアム体験。
フード。
No/Lowドリンク。
コーヒー。
物販。
ブランドコラボ。
スポンサー。
メンバーシップ。
大型イベント。
旅行。
ホテル。
コンテンツ。
アーティストIP。
といった、複数の収益源を持つ必要が出てくる。
「酒を売るためにDJを呼ぶ」
ではなく、
文化やコミュニティそのものに、お金を払ってもらう。
この方向へ変わっていくと思う。
それでも、深夜のクラブはなくならない
ここまで「深夜の箱が死ぬ」と書いてきた。
でも、深夜のクラブが全部消えるという意味ではない。
むしろ僕は、
深夜クラブは本来の姿に戻る
のではないかと思う。
誰もが土曜になれば、とりあえず行く場所ではなくなる。
本当にその音楽が好きな人。
そのコミュニティに属したい人。
本当に朝まで踊りたい人。
そういう人のための場所になる。
地下のTechno。
House。
ゲイクラブ。
特定ジャンルのパーティー。
小さなコミュニティ。
アンダーグラウンド。
そこでは、
「朝5時までやっている」
という不便さすら文化になる。
大量市場である必要はない。
むしろ、その方がクラブらしいとも思う。
そして、人間はたぶんこれからも踊る
これからAIがさらに発展したら、人間の生活は大きく変わる。
仕事のかなりの部分をAIが担うようになるかもしれない。
創作もAIができる。
映像も音楽もゲームも、自宅から一歩も出ずに無限に楽しめるようになるかもしれない。
便利さだけを考えれば、人間が外へ出る理由は減っていく。
でも、だからこそ逆に、
リアルな場所に人間が集まることの価値は上がる
のではないかと思う。
同じ場所に数千人が集まる。
同じキックを身体で感じる。
汗をかく。
知らない人と目が合う。
友達と叫ぶ。
大きな音を浴びる。
踊る。
これは効率化できない。
画面の中にも完全には移植できない。
AIが仕事を代わりにやるようになって、人間の余暇が増えていくとしたら、
最後に残るものの一つは、
人が集まって遊ぶこと
なのかもしれない。
世界の電子音楽産業は151億ドルまで拡大している。
日本のライブ市場は8,564億円まで成長している。
日本の音楽フェスには年間371万人が集まる。
英国ではクラブが減っているのに、電子音楽イベントは増えている。
ベルリンでは経営が苦しくても、フロア自体は埋まっている。
人間はまだ音楽を欲しがっている。
人間はまだ集まりたがっている。
そして人間は、まだ踊りたがっている。
ダンスフロアは死なない。“深夜の箱”が死ぬだけだ
これからのナイトライフは、一方向には進まないと思う。
巨大フェスはさらに巨大になるかもしれない。
世界的なクラブブランドは残る。
VIPやプレミアム体験も伸びる。
夕方のイベントが増える。
朝レイヴも増える。
小規模なコミュニティ型パーティーも残る。
アンダーグラウンドな深夜クラブも残る。
その一方で、
「金曜と土曜だから開ける」
「クラブを作れば客が来る」
「酒を飲ませれば利益が出る」
というモデルは、少しずつ成立しなくなる。
英国では、その変化が店舗閉鎖という数字になっている。
ベルリンでは、客がいても採算が苦しいという形で現れている。
日本では今のところ逆に、クラブの供給が増えている。
だから日本はまだ、
衰退の真っただ中ではなく、供給過多と淘汰の入口
にいるのかもしれない。
10〜15年前、僕が六本木で見ていたのは、
週末そのものに人が集まる街
だった。
今、東京のクラブでDJをしていて感じるのは、
強い理由がある夜へ人が集中する街
だ。
もしこの変化が本当に起きているのだとしたら、
これから勝つのは単に一番大きなクラブではない。
「わざわざそこへ行く理由」を持っている存在だ。
その理由はDJかもしれない。
音楽かもしれない。
コミュニティかもしれない。
ブランドかもしれない。
旅行かもしれない。
朝かもしれない。
深夜かもしれない。
そして、それを実現する場所も、固定された箱である必要はない。
音楽がある。
人がいる。
身体を動かす。
同じ瞬間を共有する。
それさえ残るなら、
ダンスフロアは死なない。
死ぬとすれば、
「ダンスミュージックを楽しむなら、深夜の固定された箱で酒を飲みながら朝まで過ごすしかない」という古い前提の方だ。
出典
International Music Summit / MIDiA Research「IMS Electronic Music Business Report 2025/26」
www.internationalmusicsummit.com/news/ims-electronic-music-business-report-2025-26
2025年の世界電子音楽産業151億ドル、前年比7%増、Ibizaのクラブチケット売上1億6,000万ユーロなど。
Night Time Industries Association「The Fourth UK Electronic Music Industry Report」
ntia.co.uk/the-fourth-uk-electronic-music-industry-report
英国の電子音楽産業24.7億ポンド、ナイトクラブ823店舗、2020年3月比36%減。
NTIA「UK Electronic Music Powers £2.47bn」
ntia.co.uk/uk-electronic-music-powers-2-47bn-free-parties-boom-mid-tier-venues-in-crisis-and-the-north-leads-93-growth-new-report-reveals
英国ではナイトクラブが36%減少する一方、電子音楽イベントは10.5%増加。
NTIA「The Second UK Electronic Music Industry Report」
ntia.co.uk/the-second-uk-electronic-music-industry-report
2023年の電子音楽系クラブ訪問回数、クラブ・フェス等の経済規模の変化。
Clubcommission Berlin「Clubkultur Berlin 2026」
www.clubcommission.de/neue-studie-zur-berliner-clubkultur
ベルリンのクラブ等102件を対象とした調査。稼働率、収益状況、飲食・入場料の構成変化、アルコール消費の減少など。
IWSR「More than moderation: the long-term rise of no and low」
www.theiwsr.com/insight/more-than-moderation-the-long-term-rise-of-no-and-low
日本を含む主要10市場でNo/Lowアルコール商品の販売量が2024年に13%増。
IWSR「Moderation: is it generational or universal?」
www.theiwsr.com/insight/moderation-is-it-generational-or-universal
主要10市場で64%が飲酒量を抑えていると回答。法定飲酒年齢以上のGen Zでは75%。
警察庁「令和2年警察白書」
www.npa.go.jp/hakusyo/r02/index.html
2019年末の特定遊興飲食店営業404軒。
警察庁「令和7年における風俗営業等の現状と風俗関係事犯等の取締り状況について」
www.npa.go.jp/news/release/2026/20260407001.html
2025年末の特定遊興飲食店営業592軒、ナイトクラブ433軒。2021〜2025年のナイトクラブ許可数推移など。
ぴあ総研「2025年ライブ・エンタテインメント市場」
corporate.pia.jp/news/detail_live_enta_market20260617.html
国内市場8,564億円、動員9,223万人、1人あたり単価9,286円。
ぴあ総研「2025年音楽フェスティバル市場」
corporate.pia.jp/news/detail_piasoken_fesdata_20260703.html
市場規模465億円、動員371万人。なお、ダンスミュージック限定ではなく、ロックやJ-POP等を含む音楽フェス全体の統計。
Tokyo Morning Beats
tokyomorningbeats.com
東京のMorning Rave / Coffee Rave事例。週末朝に100〜200人規模で開催。
日本政府観光局(JNTO)「2025年訪日外客数」
www.jnto.go.jp/news/press/20260121_monthly.html
2025年の訪日外客数4,268万3,600人、前年比15.8%増、過去最高。
