2026年3月29日、マイアミ。

Ultra Music FestivalのMain Stageを最後に締めたのは、John Summitだった。

本人は後に公式YouTubeへフルセットを公開し、この夜を自分にとっての「Super Bowl」だったと表現している。

その7年前。

John SummitことJohn Schusterは、会計士だった。

そして2019年、会計の仕事を失った。

当時から小さなクラブではDJをし、DirtybirdやRepopulate Marsといった憧れのレーベルにも少しずつ作品が入るようになっていた。

しかし、世界的スターではない。

アリーナを埋めるわけでもない。

大ヒット曲があるわけでもない。

その男が7年後、Ultra MiamiのMain Stageを締め、地元シカゴのLollapaloozaでヘッドライナーを務め、Ibizaの[UNVRS]で9週のレジデンシーを持ち、自分のレーベル、自分のイベントブランド、自分のフェスティバル、自分のアリーナツアーまで持つようになった。

どうしてそこまで行けたのか。

「Deep EndがTikTokでバズったから」。

それだけでは、たぶん半分も説明できない。

John Summitは曲を作った。

DJをした。

何十本もデモを送った。

YouTubeで作り方を教えた。

Instagram Liveを毎日やった。

TwitchでDJを配信した。

Discordでファンと話した。

長時間セットで「本当にDJができる」ことを証明した。

そして最後には、自分の音楽を出す場所も、自分が出演するイベントも、自分が他のDJを世に出す場所も自分で持った。

John Summitの物語は、ヒット曲の物語というより、

一人のDJが、音楽→メディア→コミュニティ→ライブ→レーベル→イベントという“供給網”を順番に自分のものにしていった物語だ。

すべての始まりは、Lollapaloozaだった

John Schusterは1994年、シカゴ郊外のNapervilleで育った。

電子音楽へ決定的に引き込まれた曲の一つが、deadmau5とKaskadeの「I Remember」。

そして高校生だった2011年、Lollapaloozaでdeadmau5を観る。

豪雨の中で観たそのライブが、後の人生を変える体験になったと本人は何度も振り返っている。

ただし、この時点でプロのDJを目指していたわけではない。

University of Illinois Urbana-Champaignへ進学。

専攻は会計。

2016年に学部、2017年に会計の修士課程を修了している。

親から見れば、かなり堅実な道だった。

DJを始めた理由は「バーをクビになったから」

大学時代、Johnはバーで働いていた。

ところが、その仕事をクビになる。

それでもその店で働きたかった。

店側から「DJが必要だ」と言われ、Johnは、

自分はDJができる。

と答えた。

実際には、ほとんどできなかった。

ここからDJが始まる。

最初の機材は、SeratoとPioneer DDJ-SB2。

本人によれば、当時持っていた金で買える200ドルほどのコントローラーだった。

大学周辺のバーで、5〜6時間のオープンフォーマットDJを繰り返した。

ハウス専門ではない。

学生が飲むバーなので、客が求める曲をかける。

一方で、自分が好きだったDirtybirdやJamie Jones周辺のハウスも少しずつ混ぜた。

ここで身についたのは、いきなりフェスティバルの大観衆を動かす技術ではない。

長時間、人の反応を見ながら音楽をかけ続けること。

John Summitは後に派手なプロデューサーとして知られるようになるが、DJとしての入口はかなり泥臭い。

名前の「Summit」も、ただ山が好きだったから

大学時代、初めて大きめのサポート出演をする際、DJネームが必要になった。

Johnはスキーや山が好きだった。

そこで「Summit」と名乗った。

後に検索性が悪すぎると気づき、Johnを足して「John Summit」になった。

今では巨大なブランド名に見える。

でも本人自身、当時は世界的DJになるつもりなどなく、深く考えた名前ではなかったと話している。

この山のモチーフは後に、

Off The Grid。

Experts Only。

二つの黒いダイヤ。

と、レーベルやイベントのブランドへ受け継がれていく。

音楽制作は、ほぼ「YouTube大学」

Johnが本格的に制作を始めたのは2015年頃。

大学の寮。

MacBook。

Ableton Live。

Diva、Sylenth1、Nexusなどのソフトシンセ。

本格的な音楽教育を受けたわけではない。

制作方法はYouTubeやインターネットで調べた。

本人は後年、「何でも手元で学べる」という考えを語り、自分はYouTubeチュートリアルと試行錯誤で制作を覚えたと説明している。

Facebookのプロデューサーグループで曲を見せ合い、SoundCloudへアップし、フィードバックを受ける。

一曲作る。

出す。

反応を見る。

また作る。

このループをひたすら回した。

大学の図書館でも、勉強よりAbletonを触っている時間の方が長かったという。

つまりJohn Summitの制作キャリアは、最初から「完成してから世に出る」ではない。

学びながら出し、出しながら学ぶ。

後にYouTubeで自分が教える側になるのも、この延長線上にある。

2026年3月、Vail の屋外ステージで、雪山を背にしてプレイする John Summit
Photo: Wynneplaga / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0

昼は会計士、夜はAbleton

大学院卒業後、Johnは会計の世界へ進んだ。

Big Fourの一つ、Ernst & Young(EY)でも働いた。

本人の回想では、EY時代は週80時間を超えるような働き方になることもあり、音楽との両立は難しかった。

それでも仕事の外で制作を続けた。

デモを送る。

DJをする。

少しずつリリースを取る。

2018年の「Touch Me」は、本人が初めて「少し成功した」と感じた曲の一つだった。

Chicagoの重鎮Gene Farrisがその曲をプレイした。

Johnにとって、数字以上に重要な出来事だった。

自分が憧れているDJが、自分の音楽を現場で使っている。

小さいが、明確な証拠だった。

いきなり会社を辞めたわけではない

「会計士を辞めて夢を追った」という物語にすると、少し違う。

Johnは後年、最初のEYは長時間労働が厳しくて離れ、その後も別の会計職を続けたと説明している。

音楽一本で食べられる確信があったわけではない。

安全な仕事を持ちながら、横で音楽を育てていた。

だが音楽の比重はどんどん大きくなった。

夜遅くまで制作する。

週末は別の街へDJをしに行く。

月曜には寝不足のまま出社する。

2019年3月、ついに会計の仕事を解雇された。

本人は、自分でも「ほとんどクビにしてもらおうとしていた」と振り返っている。

重要なのは、この瞬間にゼロからDJを始めたわけではないことだ。

すでに作品がある。

小さなツアーがある。

貯金もある。

そしてその直前には、DirtybirdとRepopulate Marsという目標にしていたレーベルでリリースが決まっていた。

会社を失った時、夢しかなかったのではない。小さいながらも“成立し始めた事業”が横にあった。

Dirtybird、Repopulate Mars。Deep Endより前に業界内の信用は始まっていた

2019年。

Westendとの「Detonate」がDirtybirdに入り、Claude VonStrokeらにプレイされる。

Lee FossのRepopulate Marsからもリリースを重ねる。

「Stimulate」EP。

「Divine Ritual」。

後の「Forgotten One」。

まだ一般層がJohn Summitを知る前だが、ハウス/テックハウスのDJたちには名前が入り始める。

この頃、マネージャーのHolt Harmonとも組むようになる。

面白いエピソードがある。

最初期の打ち合わせでJohnは、単に「曲を出したい」と話したのではなく、

どう配信するのか。

どうマーケティングするのか。

と、かなりビジネス側の話をしたという。

後にHarmon側も、「音楽だけでなくビジネスも理解していて、しかも怠けない」と感じたと振り返っている。

会計士だったことが成功を生んだ、とまで言うのは飛躍だ。

ただ、John Summitが最初から「作品だけ作って後は誰かに任せる人」ではなかったのは確かだ。

2020年。世界が止まった時、John Summitはインターネットへ全振りした

2020年。

COVID-19でクラブもフェスも止まった。

DJにとっては最悪の状況だった。

Johnも実家へ戻る。

Napervilleの両親の家。

地下室。

ライブがない。

ツアーもない。

普通ならキャリアが止まる。

Johnは逆をやった。

本人と周辺チームの後年の回想では、世界中の人がオンラインにいると考え、

Instagram Live。

Twitch。

Discord。

YouTube。

SNS投稿。

制作。

あらゆるオンライン活動を増やした。

これは「SNS担当者にマーケティングを任せた」という話ではない。

本人がやった。

ファンのコメントを読みながらDJ配信をする。

Discordで話す。

Instagram Liveへ毎日出る。

制作過程も見せる。

当時の本人は、SNSで人とつながることを「仕事」ではなく、外へ出られない時期のコミュニケーションとして楽しんでいたと話している。

この違いは大きい。

マーケティングのためだけに人格を作ったわけではない。

オンライン上のJohn Summitと、本人の性格がかなり近かった。

それが後のブランドになる。

Deep Endより先に「YouTubeで教えるJohn Summit」がいた

ここは見落とされやすい。

John Summitは、売れてからYouTubeを始めたわけではない。

2020年4月5日。

本人の公式YouTubeチャンネルに、

「How To Make Tech House Like The Pros」

という制作チュートリアルを公開している。

How To Make Tech House Like The Pros / John Summit

わずか数分で、キック、ベース、ハイハット、クラップ、パーカッション、シンセ、ボーカルをどう組み立てるかを説明する内容だった。

さらに、そのチュートリアルで使ったAbletonのプロジェクトファイルとサンプルまでBandcampで配布・販売した。

当時のRedditには、

John Summitが無料で制作チュートリアルを出している。

という投稿も残っている。

後年本人は、この時期について、

実家の地下室で一日中YouTubeチュートリアルを作り、Zoomの制作セッションなどもしていた、

と振り返っている。

つまり、Deep End以前に、

Producer John Summit
だけでなく、
Teacher John Summit / Creator John Summit

が存在していた。

これはかなり重要だ。

John自身がYouTubeで制作を学んだ。

そして一定レベルまで行くと、自分もYouTubeで教えた。

学ぶ側から、発信する側へ回った。

今ではこの2020年のチュートリアル自体が80万回以上見られている。

しかも2024年に「Shiver」の制作を解説した際にも、2020年のYouTube時代から同じ基本的なマスターチェインを使っていると話している。

チュートリアルは、その場しのぎのマーケティングではなかった。

制作そのものとつながっていた。

Deep Endは、一夜でできた

2020年春。

JohnはDefected Recordsへ何度もデモを送っていた。

本人によれば、50曲以上。

「毎日一曲作って送る」くらいの勢いだった。

DefectedはJohnの夢のレーベルだった。

しかし、なかなか決まらない。

そして「Deep End」ができる。

制作時間は一晩。

数カ月前にダウンロードしていたボーカルサンプルを、作ったベースラインとドラムの上に置いた。

ハマった。

JohnはすぐSNSへ短いクリップを投稿した。

反応が大きかった。

ライブもない。

待つ理由もない。

一度セルフリリースする。

すると複数の大手レーベルから声がかかる。

JohnはDefectedを選んだ。

2020年6月、Defectedから正式リリース。

「Deep End」はBeatport総合1位となり、2020年で最も長く1位を維持した作品になった。

ここだけを見ると、

「一晩で作った曲がバズって人生が変わった」

となる。

でも、その前を見ると違う。

5年前から制作している。

何十曲も作っている。

何十回もデモを送っている。

DirtybirdにもRepopulate Marsにも入っている。

SNSを毎日やっている。

YouTubeで教えている。

配信もしている。

だから一晩でできたのは曲であって、

John Summitという土台が一晩でできたわけではない。

2025年、マイアミの LIV で、客席の光に囲まれてプレイする John Summit
Photo: InvadingInvader / Wikimedia Commons / CC BY 4.0

「曲が売れた」のに、本人はまだライブで証明されていなかった

Deep Endが売れたのはパンデミックの真ん中だった。

変な状況だ。

曲は世界中へ広がる。

名前も知られる。

でもクラブは閉まっている。

つまり、

音源人気だけ先に巨大化し、DJとしてその人気に追いつく機会がなかった。

これは再開後のJohnにとって課題になった。

SNSやTikTokで売れた人。

そう見られる危険がある。

その後JohnはMiamiへ移り、Club Spaceで長時間セットをするようになる。

8時間。

10時間。

ポップな代表曲をすぐにかけるのではなく、何時間もアンダーグラウンドなハウスを掘る。

本人は後に、これは「自分は本当にDJなんだ」と証明するような意味があったと話している。

オンラインで知った人を、現場で納得させる。

ここで初めて、

ヒットプロデューサー。

インフルエンサー。

DJ。

この三つが一致していく。

2021年、Beatportで全ジャンル年間1位のアーティストになる

Deep Endの次がなければ、一発で終わる。

Johnは止まらなかった。

「Beauty Sleep」。

SOFI TUKKERとの「Sun Came Up」。

Echoesを迎えた「Human」。

「Make Me Feel」。

リリースを重ねる。

2021年、BeatportはJohn Summitを全ジャンルの年間Best Selling Artist 1位にした。

翌2022年も年間2位。

この数字が意味するのは、Deep Endだけが強かったわけではないということだ。

ダンスミュージックのDJが実際に曲を買い、現場で使う市場で、継続的に売れた。

Deep Endで一般層へ扉が開いた後も、

DJ向けのレコードを作る力を失わなかった。

2022年、「他人のレーベルから出す人」をやめ始める

2022年。

John Summitは自分のレーベル兼イベントブランド、

Off The Grid Records

を始める。

本人が参考に挙げたのはDirtybirdやJamie JonesのParadiseのような存在だった。

ただ曲を出すレーベルではない。

アーティストがいる。

イベントがある。

マーチがある。

コミュニティがある。

世界観がある。

Johnは、自分が過去に世話になったRepopulate MarsやDirtybirdの仕組みを、自分側でも作り始めた。

最初のリリースは自身の「In Chicago」。

2023年、ブランドは「Experts Only」へ改名する。

スキーの上級者コースを示すダブルブラックダイヤモンド。

山を意味する「Summit」。

初期のDJネームから、レーベルの世界観までが一本につながった。

Where You Areで「テックハウスの人気DJ」から一段抜けた

John Summitの次の大きな転機が、

HAYLAとの「Where You Are」。

きっかけを遡るとKaskadeとdeadmau5に行き着く。

Kx5の「Escape」をJohnが気に入り、Instagram Storyで歌っていた。

Kaskadeから直接連絡が来て、リミックスを依頼される。

その仕事を通じてHAYLAと接点ができる。

そこから「Where You Are」が生まれた。

2023年にリリースされ、John本人が「自分の最大のレコード」と呼ぶ作品になる。

ここで音楽性も変わる。

初期のJohn Summitは、かなり明確にテックハウスの人だった。

Where You Areは、巨大なボーカルと感情的なビルドを持つ。

フェスティバルの何万人が一緒に歌える。

アンダーグラウンドのクラブだけではなく、メインステージでも成立する。

Johnは「テックハウスを作れる人」から、

自分の音楽で大人数の感情を動かせるソングライター/プロデューサー

へ広がっていく。

2024年、Madison Square Gardenを2時間で売り切る

2024年6月29日。

Madison Square Garden。

John Summitは360度ステージで約5時間プレイした。

チケットは発表から約2時間で完売。

Pollstarへ報告された数字では15,636枚、興行収入約150万ドル。

Johnはこの一公演の制作へ巨額を投入した。

後に本人は、結果的に約100万ドルを失ったと話している。

ただし本人は「失った」ではなく、

自分へ100万ドル投資した

と言い直した。

なぜそこまでやったのか。

アリーナでクラブミュージックが成立するかを試すためだった。

Proof of Concept。

会計士だった男らしい言葉にも聞こえる。

MSGで成立する。

その後Kia Forumでも複数公演を行う。

そして2026年には20公演規模のアリーナツアーへ拡張する。

一回の巨大公演を「記念イベント」で終わらせず、実験として使い、成功した構造を横展開した。

アルバムで「酔っているパーティー男」以外のJohnを見せた

SNS上のJohn Summitは派手だ。

酒。

フェス。

冗談。

パーティー。

だが本人は、実際のJohn Schusterはもっと内向的だと話している。

2024年のデビューアルバム『Comfort in Chaos』では、その二面性を表へ出した。

「Where You Are」。

「Shiver」。

「Go Back」。

初期のテックハウスから、メロディック、プログレッシブ、ドラムンベース的な要素まで広がる。

本人によれば、アルバムを作れる自信を持つまでに10年以上制作し、8年以上リリースを続ける必要があった。

ここでも順番がある。

最初から「多彩なアーティストです」と言ったのではない。

まずテックハウスで勝つ。

そこから広げた。

マイアミの LIV で、フロア全体が腕を上げているところへドロップを落とす John Summit
Photo: InvadingInvader / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0

レーベルだけでなく、イベント、フェス、レジデンシーまで持つ

Experts Onlyは、やがてレーベルの名前だけではなくなる。

イベントを主催する。

若手をリリースする。

Max Styler、Layton Giordani、Deeper Purposeなどの作品を扱う。

2025年9月にはニューヨークRandall's IslandでExperts Only Festivalを始めた。

初年度から2日間で完売し、5万人を超える動員になった。

2026年は同じ2日間で、ステージを3つへ広げている。

さらにIbizaでは、

John Summit Presents Experts Only

として[UNVRS]のMain Roomを毎週月曜日、9週にわたって担当した。

これは単に「John SummitがIbizaで9回DJした」という話ではない。

John Summit自身のブランドが、毎週のクラブナイトをキュレーションしている。

かつてDirtybirdやRepopulate Marsに入れてもらうことを目指していた人が、

今度は他のDJをラインナップへ入れる側になった。

2026年、本当にUltra Main Stageの最後まで行った

Yousuke Yukimatsuの記事では、「UltraのHeadliners区分」と「Main Stage大トリ」は別物だと書いた。

John Summitの場合は違う。

2026年3月29日。

John Summitは本当にUltra Miami Main Stageを締めた。

JOHN SUMMIT LIVE @ ULTRA MIAMI MAIN STAGE 2026 / John Summit

公式YouTubeの本人コメントは、

自分にとってのSuper Bowlだった。

その約4カ月後。

2026年7月30日には、Lollapalooza Chicagoのヘッドライナーとして地元へ帰った。

15年前、自分が観客としてdeadmau5を見て電子音楽へ入ったフェスティバル。

今度は自分がヘッドライナーだった。

そして2026年には2作目『CTRL ESCAPE』を発表。

タイトル自体が、会計士時代のPC操作と「そこから脱出した人生」を重ねたものになっている。

秋にはUniversity of IllinoisのあるChampaignから20公演規模の北米アリーナツアーを始める。

物語が一周している。

John Summitは「YouTubeを頑張ったDJ」ではない

ここからは解釈だ。

YouTubeが大事だった。

SNSも大事だった。

TikTokもDeep Endの拡散に大きく効いた。

でも、

「SNSマーケティングが上手かったから成功した」

だけでも足りない。

YouTubeで何を出したのか。

制作方法だ。

Twitchで何を配信したのか。

DJだ。

Instagramで何を見せたのか。

自分の生活と音楽だ。

Discordで誰と話したのか。

音楽を聴いている人たちだ。

つまり、コンテンツと本業が分離していなかった。

音楽を作る過程そのものがコンテンツだった。

これは強い。

マーケティング用に毎日別のネタを作らなくていい。

練習する。

制作する。

DJする。

その過程を見せる。

成長そのものがメディアになる。

成功の順番を並べると、かなり再現性が見える

John Summitのキャリアを大幅に単純化すると、こうなる。

2011
Lollapaloozaでdeadmau5を観て電子音楽へ強く惹かれる。
大学時代
バーDJ。5〜6時間のオープンフォーマット。YouTubeでDJを学ぶ。
2015
Abletonで制作を本格化。YouTube、Facebook、SoundCloudで学習と公開を繰り返す。
2017
会計修士修了。会計士として働きながら制作。
2018
「Touch Me」。Gene Farrisがプレイ。小さな業界内信用が生まれる。
2019
Dirtybird、Repopulate Mars。会計職を失い、音楽へ全振り。
2020前半
YouTube制作チュートリアル、Instagram Live、Twitch、Discord。オンラインで活動量を上げる。
2020
「Deep End」。Defected。Beatport 1位。
2021
Beatport年間Best Selling Artist 1位。ライブ再開後に世界中を回る。
2022
Off The Grid設立。自分のレーベルとイベントを持つ。
2023
Experts Onlyへ改名。「Where You Are」でさらに大衆へ広がる。
2024
『Comfort in Chaos』。Madison Square Garden完売。
2025
Experts Only Festival開始。
2026
Ultra Miami Main Stageクロージング。Lollapalooza地元ヘッドライナー。[UNVRS]9週レジデンシー。『CTRL ESCAPE』。北米アリーナツアーへ。

この順番で重要なのは、

曲 → バズ → 成功

ではないことだ。

より正確には、

技術 → 小さな現場 → 小さな業界信用 → 発信 → コミュニティ → ヒット → 現場で再証明 → 自社ブランド → 大規模興行

だ。

John SummitからDJが学べること

1. 仕事を辞める前に、横で証拠を作る

Johnは「DJになりたい」と思った瞬間に会計士を辞めたわけではない。

リリース。

現場。

レーベル。

貯金。

小さいながらも証拠が揃ってから、結果的にフルタイムへ移った。

2. 学ぶだけで終わらず、学んだことを公開する

YouTubeで学び、自分もYouTubeで教えた。

教えることで認知が増える。

同時に、自分の制作プロセスも整理される。

3. 完璧な一曲より、試行回数を増やした

50回以上Defectedへデモを送った。

一曲一曲を「人生を変える作品」にしすぎなかった。

Deep Endは、その大量の試行の中から出てきた。

4. バズった後に、現場へ戻った

TikTokで売れた人で終わらず、Club Spaceで8〜10時間プレイした。

インターネットの人気を、DJとしての信用へ変換した。

5. 他人のプラットフォームだけに依存しなかった

最初はDirtybirdやDefectedに出してもらった。

次に自分でExperts Onlyを作った。

さらにイベントとフェスまで作った。

成功すると「出演する側」から「場所を作る側」へ移った。

6. 音楽以外を軽視しなかった

Johnは2026年、自分のような規模のDJについて、

制作。

DJ。

レーベル。

イベント。

フェス。

マーチ。

複数のSNS。

そのすべてをやる必要があるという趣旨を話している。

本人の言葉を借りれば、現代のDJは「供給網全体」を持つ必要がある。

これは少し極端にも聞こえる。

でもJohn Summit自身が、それを実行した結果だ。

YukimatsuとJohn Summit。世界へ行く方法は、一つではない

Yousuke Yukimatsuの記事とJohn Summitを並べると、面白い。

Yukimatsuは、DJそのものを17年間磨いた。

大ヒット曲ではなく、選曲、接続、構成、現場で世界へ行った。

John Summitは違う。

DJ。

制作。

YouTube。

SNS。

コミュニティ。

レーベル。

イベント。

フェス。

それらを積み重ね、数年で巨大化した。

どちらが正解という話ではない。

むしろ逆だ。

二人を並べることで分かる。

世界へ行くルートは、一つではない。

ただし二人には共通点もある。

バズる前にやっている。

YukimatsuはBoiler Room以前に十数年DJをしていた。

John SummitはDeep End以前に何年も制作し、何十曲もデモを送り、DirtybirdやRepopulate Marsへたどり着き、YouTubeまでやっていた。

世界から見ると「突然現れた」。

本人から見ると、全然突然ではない。

Deep Endが人生を変えた。でも、Deep Endだけでは今のJohn Summitにはならない

John Summitの人生を変えた一曲を選べと言われれば、

Deep End。

それで間違いない。

でも、Deep EndがJohn Summitを全部作ったわけではない。

もし一曲のヒットだけなら、2021年にBeatport年間1位のアーティストにはならない。

もしSNSだけなら、Club Spaceで10時間はできない。

もしDJだけなら、Where You Areのような巨大なボーカルレコードは生まれない。

もし人気だけなら、Experts Onlyというレーベルとフェスは作れない。

もしビジネスだけなら、UltraのMain Stageで何万人も踊らせることはできない。

強かったのは、一つではない。

作る。教える。出す。話す。回す。主催する。所有する。

全部を止めなかった。

2019年。

会計の仕事を失った男は、まだ何者でもなかった。

2026年。

その男はUltra Main Stageの最後に立った。

たぶんJohn Summitの物語で一番重要なのは、

「好きなことを仕事にした」

ことではない。

好きなことを、毎日回る仕組みに変えた。

そこだと思う。


主な参考資料

DJ LIFE Magazine, “John Summit: Life at the Top”
djlifemag.com/2023/08/john-summit-at-the-top-interview

MusicTech, “For John Summit, the only real challenge is knowing when to slow down”
musictech.com/features/interviews/john-summit-interview-comfort-in-chaos

DJ Mag, “John Summit: bending the rules”
djmag.com/cover-features/john-summit-bending-rules

Gies College of Business, University of Illinois, John Summit alumni profile
giesbusiness.illinois.edu/news/2023/12/12/gies-business-and-iventure-alumni-among-forbes-30-under-30-recipients-for-2024

John Summit, “How To Make Tech House Like The Pros”, YouTube
www.youtube.com/watch?v=6eCK7wwSGxY

John Summit Tech House Tutorial Files, Bandcamp
johnsummit.bandcamp.com/album/john-summit-tech-house-tutorial-files

Beatportal, “Deep End” interview
www.beatportal.com/articles/443799-tears-hugs-and-champagne-john-summits-deep-end-is-a-beatport-number-1

Defected Records, “Deep End (SIDEPIECE Remix)”
defected.com/music/releases/deep-end-sidepiece-remix

Beatportal, Best-Selling Artists of 2021
www.beatportal.com/articles/406752-beatport-insider-top-selling-tracks-artists-and-labels-of-2021

Dancing Astronaut, Off The Grid Records interview
dancingastronaut.com/2022/04/john-summit-details-origins-of-self-founded-off-the-grid-records

Dancing Astronaut, Experts Only rebrand interview
dancingastronaut.com/2023/09/experts-only-the-story-behind-the-new-name-of-john-summits-label-and-event-brand

GRAMMY.com, “Finding Comfort In Chaos”
www.grammy.com/news/john-summit-interview-creating-debut-album-comfort-in-chaos

Pollstar, Madison Square Garden / touring coverage
news.pollstar.com/2024/08/15/john-summit-announces-kia-forum-headlines

John Summit official YouTube, Ultra Miami Main Stage 2026
www.youtube.com/watch?v=aloPGSlq31Y

[UNVRS], John Summit Presents Experts Only 2026
www.unvrs.com/updates/john-summit-announces-debut-unvrs-residency

Experts Only Festival
www.expertsonlyfest.com

John Summit official website
www.johnsummitmusic.com

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著者

Mackeyのポートレート

Mackey

RAVRS Founder

クラブ・音楽フェスのオーディエンス歴約20年。レイバーとして国内外のダンスミュージックシーンを肌で体験。

会社経営の傍ら、2025年4月からクラブDJとして本格的に活動を開始。東京の主要ナイトクラブでプレイし、週末のピークタイムへのゲスト出演も経験。

国内最大級の音楽フェス「World DJ Festival Japan」には、2025年・2026年と2年連続で出演。

アメリカやフランスでの居住経験を背景に、時代やジャンルを横断する幅広い選曲を行うオープンフォーマットDJ。

今後は作曲にも取り組み、プロデューサーDJを目指す。

出演歴
Zouk Tokyo/1OAK Tokyo/SEL OCTAGON TOKYO/CÉ LA VI TOKYO/RAISE/V2 TOKYO/T2 SHINJUKU/WOMB ほか
フェスのステージでプレイするMackey